Tシャツの背景を紡ぐ人々−編立(生地)前編

壁にぶち当たり、壁を超える。思いを込めたモノに魂が宿る。

かつてガチャマン時代と呼ばれる、「織機をガチャンと織れば万の金が儲かる」時代があり、当時、和歌山市は莫大小(メリヤス)の産地として発展したそうです。

そこから70年近くの月日が経ち、世界は大きく変化しました。

和歌山市相坂に工場を構える風神莫大小株式会社の風神 昌哉さんから、 変わりゆく時代の中で、こだわりを持って生地づくりに向き合うことで得た、貴重な知見を前編、後編の2回に分けてご紹介します。

今回は前編。後編はこちら

兄妹、家族のために始めた莫大小

Mako : 本日は貴重なお時間をありがとうございます。まず初めに会社設立のお話を聞かせてください。

風神さん : 先代の父から聞いた話でしかお話が出来ないのですが、元々は私の祖父が設立した会社になります。その当時はガチャマン時代と呼ばれていた、作れば売れるという良い時代で、莫大小(メリヤス)業が業界として大きく伸びていたそうです。

私の祖父が本家の繊維工業の設立に関わり、そこから兄妹11人全員で独立してこの会社を始めたと聞いております。

Mako : 11人…、多いですね。(笑)

風神さん : 昔は兄妹が多い家庭も多かったと思います。ですから莫大小に対して何か特別な思いがあったというよりは、兄妹、家族を養っていくために、というのが設立の一番の理由だったのではないでしょうか。

当時この辺りの地域では莫大小で成功されている方が多くいたので、自分たちで会社を立ち上げ、自分たちの努力で何かをやっていこうとした時に莫大小を選んだのだと思います。

莫大小産業の会社の中では後発にはなりますが、家族経営から始まり、徐々にスタッフを増やし続けることで中型規模の会社になり、その時代を駆け抜けていった、といったところでしょうか。

自社で完結させるという取り組み

Mako : なるほど、ありがとうございます。次の質問になるのですが、風神莫大小さんの強みや、長所を教えていただけないでしょうか?

風神さん : 現状で言いますと、裏毛(裏糸をパイル状に編み込んで浮かせ、起毛した生地)といった機械に特化した設備投資を行っています。

ハイゲージからスーパーローゲージ(編み物で一定の寸法内にある編み目の目数・段数のことをゲージと言います)までの機械設備を揃え、自社設備の中で全ての物作りを完結できるようにしてアウトソーシングをしない、といった取り組みをしています。

モノづくりの探求と正当な評価に出会う喜び

Mako : ありがとうございます。仕事をする喜びであったり、幸せに思う瞬間ってどんな時か聞いてもいいでしょうか?

風神さん : んー…、色々あるのですが、まず私が個人として嬉しいのは、スタッフが結婚したとか、子供ができたとか、この会社で働いてくれる中で人生を楽しむ過ごし方をしてくれているのは嬉しいです。

さらに仕事を加味して言うとなると、やはり自分たちが作り出したモノから喜びを感じます。

最初の頃は作ったモノが、有名ブランドさんに採用されたと聞いた時はとすごく嬉しかったですね。『僕たちがこの和歌山の片田舎で作った製品が、あのブランドで使われている!』と。

そして続けていくうちに、そういった思いを更に超えていきまして、今はどんなに小さなアパレルさんでも、どんなに大きいアパレルさんでも、自分たちが作ったモノを正しく評価してくれる人と出会えた時にとても嬉しく感じます。

例えば、この前1メートルが18,000円ほどする生地を作ったのですが、業界的に言えばそれは常識の範囲外で、「そんなもの誰が買うねん?」と言われるよう値段でした。

ですが、そんな生地を東京のあるブランドさんが使ってくれたんです。 世界の中にはそんな誰も買わないと言うような製品も、そのモノを正しく評価して使って頂ける方がいるんだと、そういう瞬間にはとても喜びとやりがいを感じますね。

あの日つくったモノとの巡り合わせ

Mako : 僕が風神さんに今回作っていただいた生地も、縫製工場の方から『めちゃくちゃいい生地でした』と言われました。

今日出来上がったTシャツを持ってきたので、是非後で見て欲しいです!袖を通した時にとっても気持ちが良くて…。(笑)

風神さん : ありがとうございます。僕はこんな風にエンドユーザーの方から直接声をお聞きすることはあまり機会がないのですが、例えば東京に行った時に、すごい数の人波をかきわけて歩いていると、「あっ!あの今すれ違った人が着てる服の生地、僕が昔つくったやつや!」と出会えることがあるんですよ。

これは運命かもしれないなとも思うんですが、何度かあるんです。そういった時はすごく嬉しくて、もうずーっと目で追ってしまいますね。まるで昔の彼女にすれ違ったみたいな。(笑)

Mako : 例え方、最高です。(笑)

風神さん : その一方でこんな思いをスタッフにも共有したいんですが、なかなかこの和歌山の地でモノづくりをしていると、自分たちが作ったモノが最終的にどんな製品になって、どんな方に買っていただけるのかはなかなか見えてこない。

もしそこが見えれば、それは直接この仕事のやりがいに繋がると思います。

ですが、大阪や和歌山では見ることは難しく、東京に行かなければ自分たちが作ったものと出会えないのが現状で、出会った時に嬉しい反面、この消費がほとんど東京に集約されている日本の状態が、もどかしく、悲しいなと感じることはありますね。

後編へ続く